再開発に待ったをかけた二重櫓

hiroshikaro2008-10-18

 先週広島県福山市を訪問しました。駅前広場の再開発が行われていましたが、地下広場を掘ったら福山城三の丸の二重櫓から御水門にかけての石垣がほぼ築城当時の状態で出土したとのことで、開発を見直し、それらの遺跡の保存、展示に努めるため、駅前広場の再開発事業の大きな変更を余儀なくされているとのことでした。
 何故「穴を掘り、寝た子:遺構を起こすような事」までして、駅前広場の再整備をしなければならなかったのか?現在長岡市で考えているようなペレストリアンデッキを建設し広場を立体的に利用するような計画はなかったのか?等、ついつい熱が入り、福山市議会議員のような質問をしましたところ「景観を損ねてしまう!」という答弁でした。

 全国何処の都市も財政難で頭を悩ませています。そうした中、多額の経費を要す地下の整備、加えて宝物(お城の遺構)が出てくるであろうと分かっているのに「何故?」という疑問を残して時間切れで質疑は終わりました。
 翌朝早起きして福山城趾を散歩しました。江戸時代初期に水野勝成によって建てられた福山城の城郭は立派に復元され、天守閣を中心に京都伏見城の遺構である筋鉄御門そして城壁等時代劇のロケにも使えるような素晴らしいものでした。
周辺には県立歴史博物館はじめ美術館、文学館人権平和資料館そして幕末活躍した老中 阿部正弘を祭った護国神社等、駅裏(再開発されている駅前広場と反対側)は、正に福山市の歴史文化のオープンミュージアム的存在であると感激しました。

 人々の利便性を優先しがちな開発行為ですが、スローライフが叫ばれている昨今、文化や歴史を優先し、人を大切にしたスローな開発が必要ではないかと思いました。
古(いにしえ)の人々が人力のみで造り、我々現代人は機械力なくして造り得ない素晴らしき遺構は「俺等先祖の素晴らしき宝」として後世に受け継ぐのが歴史に生きる者の義務であるかと思います。
利便性や景観、そして経済性等、現代の価値観のみで物事を考え推し進めていく戦後以降の開発行為、そして今の政治のやり方等、今こそ見直さなければならないと言うことを、「福山城三の丸の二重櫓」は突如現代に現れて訴えているのだと思いながら福山駅を発ちました。