長岡藩主牧野の故郷 豊川市

右から山脇市長、野中副議長、高橋議員

 長岡藩の藩主牧野の故郷 愛知県豊川市を訪問してきました。
 牧野家の発祥の地は「讃岐:香川県」で、それから豊川市牧野、そして豊川市牛窪、それから群馬県大胡町、最後に我が長岡市にお見えになり、現在の藩主は神奈川県逗子市にお住まいです。
 そのような因縁から今回豊川市議会そして豊川市長を表敬しましたところ、是非、豊川と長岡との間で防災協定を結んで貰えないかと豊川市側から依頼が為されました。
 いつ何時「東南海地震」がやって来るか分からない現在、中越地震で大きな被害を受けそして、その被害を克服し復興を遂げた当市と関係を築きたいと、市長と議会からラブコールが寄せられ、既に昨年来議会関係者の訪問があったり、今年の6月に長岡で実施しました「藩校サミット」でも市長と議会の代表が当市を訪れられたりして、より綿密な関係を結びたいとのお願いです。防災に関して云えば『近くの親戚より遠い親戚』が助けになるようです。
 常在戦場、米百俵の精神は基を辿れば牧野家が三河時代に確立したもの、どのような風土と環境でそのような精神が生まれたかが興味津々でした。

牧野家、山本勘助そして今川義元の史跡を巡る案内板

豊川牧野家初代牧野成定の墓

戊辰戦争の長岡藩家老 山本帯刀の祖先、そして軍神山本五十六元帥とも関係がある山本勘助の墓

桶狭間の合戦で討ち死にした今川義元の墓