おかしな党首・代表選

 中国で反日デモ等で大騒ぎの最中、日本では民主、自民の党首選があたかも国民的行事のようにマスコミ報道されている。
 時の総理を決める民主党の党首選は、野田党首の信任選挙の様相を呈している。しかし、1年前や過去の代表選を思い出してみるとその時立候補した海江田さんや樽床さんは一体どうしているのだろうか?
 『そこそこの票を得ていたのに誰も推してはくれないのか?1年2年の歳月は政界ではもう遠い昔となってしまっているようだ!自ら発言したことも直ぐに忘れてしまうような政治家に日本の将来を託すことが出来るのだろうか?』と云ってもその政治家を選んだのは我々国民である。
 結論は駄目な政治家イコール駄目な国民という構図になるが、この問題の根源は選挙制度にあると思う。
 既に制度疲労を起している選挙制度をここでしっかり見直し、新たなる制度を構築する英断が必要と思うが、定数の増減等という対処療法的なことしかできない国会議員には、制度の再構築は全く期待できない。政治家とは関係ない部署でしっかり協議し新たな制度を構築、提言、それを国会が丸飲みするような気持ちでなければ、日本政治の改革は難しいと思う。
 国の役割、地方の役割も昔とは様変わりしている現在、それを担う政治家の役割、使命も当然変わっている。それらの変化に対応できる政治家を選ぶ制度を構築することこそが、真の政治の改革にであると思う。
 守られないマニフェストや絵に描いた餅のような実現不可能な政策、数字ばかりを並べた政策論よりも、それらを決める政治家の選び方を、まず改革すること肝要と考える。